解説
数字で見る海と海底
海ってどんなところだろう
海の底はどうなっているんだろう
さまざまな数字に注目すると、海と海底の不思議が見えてきます
最新キーナンバー
7不思議
有人潜水調査船「しんかい6500」が見つけた7不思議
「しんかい6500」は、これまでの30年以上におよぶ海底での調査の中で、様々な発見をしてきました。今回は「しんかい6500」研究ヒストリーのホームページにまとめられているこれまでに発見したものの中から、筆者の視点で厳選した7つをご紹介します。
「しんかい6500」が1番最初に発見したものは、以前の解説でも触れた1991年7月の調査潜航によって日本海溝で見つけた、海溝型巨大地震でできた海底の裂け目でした(発見その1)。
暗闇の中に突如現れた大きな裂け目を目の当たりにして、研究者もパイロットも背筋の凍る思いがしたことでしょう。
「しんかい6500」が見つけた不思議な生き物で有名なものとして、日本海溝の断層沿いに染み出すメタンを食べて暮らすシロウリガイ(発見その2)のほか、鳥島の沖や大西洋で見つかった、鯨の死体を餌にしてヒトデやウニや二枚貝などが特殊な生態系を作る生物の群れ(鯨骨生物群集と呼ばれる/発見その3)があります。
さらにインド洋では、硫化鉄でできた金属の鱗を身にまとった巻貝(スケーリーフットと呼ばれる/発見その4)や新種の巨大イカ(発見その5)なども見つかっています。
これらの生物は、深海底や海の中の暗く過酷な環境で生き抜くために、着るものや食事、さらには住む場所まで、まさに衣・食・住の全てを工夫して生活しているのです。
海底鉱物資源に関連した発見もあります。
世界の海底には、約300度に達する高温の海水(熱水)が噴出する、海底熱水活動が活発な場所が数多く存在します。海底熱水活動によって作られる硫化物が、銅、鉛、亜鉛、金、および銀といった有用金属の供給源となります。
熱水が噴出する煙突(熱水噴出孔)のことをブラックスモーカーと呼びますが、これは熱水と硫化物が黒い煙となって勢い良く吹き出す様子からついた名前です。
しかし、「しんかい6500」が沖縄の沖で見つけた熱水噴出孔からは、なんと青や白の熱水が噴出していました(発見その6)。これらは、ブルースモーカーやホワイトスモーカーと呼ばれ、噴出物の違いによって色が変わると考えられています。
さらに、同じく沖縄の沖では、熱水活動に伴って湧き出した液体の二酸化炭素が、海底でプールのように溜まっている様子も確認されています(発見その7)。
これらの不思議な現象は、「しんかい6500」が世界で初めて見つけたものです。
そして、ORCeNGのメンバーが「しんかい6500」の調査によって見つけたものもあります!
その詳細は、次回のキーナンバーと共に解説することにしますので、どうぞお楽しみに。
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43億年
海ができ、海水が塩っぱくなったのは、地球形成最終段階の43億年前
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初期太陽系で、隕石や小惑星が沢山衝突し集まって地球ができました。その、できたての地球の冷却が進行しマグマオーシャンが冷え固まると、一次大気中の水蒸気が雨となって地表(固結直後の地殻)に降り注いで海となりました。
実は、この時降り注いだ雨は、いわゆる「酸性雨」であったと考えられています。塩酸などの酸は、色々な固体を溶かして水溶液にする性質があります。塩酸などを含んだ酸性の雨によって地殻(岩石)の一部が溶けることにより、ナトリウム、カルシウム、マグネシウム、アルミニウム、リン、カリウム、鉄などが海水に溶けし出しました。
そして、ナトリウムやマグネシウムは塩酸の塩素と結びついて「塩」を作り、残りの水素は水から取り去られます(中和)。アルミニウムは海水が中和されたことで、沈殿したとされています。そのほか、大気中の炭酸ガスが海水に溶け込み、カルシウムやマグネシウムと結びついて炭酸塩(石灰岩)となって沈殿します。
最終的に、水に溶けやすい塩化ナトリウムなどが海水中に残り、現在の海水の成分に近くなったと考えられています。
海水の塩っぱさ(塩分)は、3.0〜3.7%
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塩っぱさは場所や深さによって違います。特に差が大きいのは海面付近の海水です。北極付近が最も低く、亜熱帯(北緯および南緯20〜30度付近)が高く、特に大西洋の亜熱帯が最も高いことが、2000年以降の国際観測プロジェクトによって明らかになりました。
このような海面付近の塩分の差は、海水の蒸発による塩分上昇や、降水や河川などからの淡水の流れ込みによる塩分低下のバランスの結果として生じます。
一方、海に深く潜るにしたがって、塩分を変化させる要因は少なくなります。そのため、潜れば潜るほど地球全体の平均値である3.5%に近づき、海底付近では場所による塩分の差はほとんど無くなります。
3.0〜3.7%という差は人間にとって僅かなものですが、0.1%の違いでも地球の気候を変動させてしまうことがあるので、「結構差がある」と言えるでしょう。
地球表面上で緯度1分に相当する長さ(1海里)は、1,852 m
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海での距離の基準である海里(ノーティカルマイル: nm)は、このように定義されています。地球一周の360分の1が「緯度1度に相当する長さ」、そのさらに60分の1が「緯度1分に相当する長さ」です。北極と南極を通って子午線上をぐるっと一周する長さは40,000 kmですので、40,000/360 = 111.111 kmが緯度1度の長さとなり、さらに、111.111/60 = 1.85185 km(1,852 m)が1海里(1 nm)ということになります。
海底鉱物資源の開発にとって鍵となる排他的経済水域は、沿岸から200海里までの範囲と決められています。200海里 = 1.85185 x 200 = 370.37 kmであり、例えば、南鳥島を取り囲む排他的経済水域の面積は、半径370.37 kmの円の面積に近似でき、370.37 x 370.37 x 3.14 = 430,726 km²となります。日本の国土面積である約378,000 km²と比較すれば、南鳥島周辺の排他的経済水域がいかに広大で、重要な場所であるかが想像できますね。
ちなみに、千葉工大から直線距離で1,852 m離れた場所には、JR総武線の東船橋駅、谷津干潟、船橋競馬場があります。歩いて行くにはちょっと遠いですが、船で行くには丁度良い距離でしょうか。
研究調査船が省エネ航行するときの速さは、時速22.2 km
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船が1時間に 1海里 進むことのできる速さを、1ノット(knot)といいます。つまり1ノットは、時速1.852 kmです。研究調査船の船員さんに聞くと、多くの研究調査船は、12ノットの時に最も燃費良く走れるのだそうです。1.852 x 12 = 22.2 kmですので、船の省エネ航行スピードは “それほど速くない” ということが分かります。自転車に乗って全速力で追いかければ、人によっては追い抜くことも可能でしょう。
自転車競技「スプリント」の最高速度は、なんと時速70 kmにも達するそうです。研究調査船のスピードは、全速力(約16ノット)ですら競輪選手のスピードには遠く及びません。
ところで、南鳥島は、東京からおよそ1,800 km離れています。12ノットで走る船で南鳥島に行くには、1,800/22.2 = 約81時間もかかるのです。とは言え、丸3日ちょっとの間、ずっと自転車を漕ぎ続けるのはさすがに不可能・・・。
こう考えると、船は大きな海を自由に行き来するためにとても便利な乗り物だ、と実感することができます。
日本の南を流れる黒潮のスピードは、時速7.4 km
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黒潮は、沖縄諸島の西の東シナ海を北上し、九州の南のトカラ海峡から太平洋へ流れ出て、四国や本州の南岸を東へと流れています。世界の海の表面を流れる海流の中でも最大級の大きさと速さを誇り、最も速く流れるところで4ノット(時速7.4 km)のスピードに達します。研究調査船が省エネ航行する時のスピード の1/3と考えれば、世界最大級という黒潮の規模感が理解できます。
そんな黒潮は、北太平洋を時計回りに大きく循環する「北太平洋亜熱帯循環」と呼ばれる表層海水の流れの一部です。赤道域に集中する太陽から受けた熱(実際には温められた海水)を中緯度域に運ぶという、大事な役目を担っています。
スピードの速い黒潮によって、地球表面の温度が効率的に平均化されているのですね。
東京湾を出港して南の海域の調査に向かう時には、必ず強い黒潮を横切らなくてはいけません。船の揺れに身体が慣れないうちに黒潮を横切るのは、船酔いがさらに酷くなるので嫌、という人が大半です。
しかし、黒潮は地球の大気海洋の大循環システムにとっての主役なのだ、と思えば、辛い船酔いにも耐えられるでしょう(それとこれとは話は別、という説もあります・・・)。
2021年の世界の平均海面水温は、最高値が30℃、最低値が0℃
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太陽から受ける熱は、赤道付近の低緯度域では狭い範囲に集中し、極付近の高緯度域では広い範囲に拡散します。その影響で海面付近の海水温は、赤道付近で高く、南北に向かって緯度が高くなるにつれ下がり、両極域が最も低くなります。
赤道付近の中でも特に、太平洋南西部に位置するニューギニア島の北の海域が最も水温が高く、2021年は平均で約30℃に達していました。中緯度域の平均水温は20〜25℃で、北半球のほうが南半球よりも高い傾向があります。一方、極域の平均水温は約0℃で、場所による差はあまりありません。
千葉工業大学が創立した1942年(当時は興亜工業大学)の平均水温の最高値は、現在と同じニューギニア島の北域で、現在より1℃低い約29℃でした。
平均水温は年々上昇しており、地球温暖化を示す証拠のひとつです。
さて、2011年に発表された研究によって、約1億4200万〜1億2800万年前(白亜紀初期)には、北緯15°から20°の平均水温が32℃で、現在より5℃高かったことが明らかにされています。さらに、当時の高緯度(南緯53°)の平均水温は26℃で、南北の温度差が少なかったことも示されました。
このような超温暖期の海では、暖かく軽い海水が表層に、冷たく重い海水が深海に留まり、海水の密度バランスが保たれた結果、深さ方向の海水の循環がストップして、海底付近が無酸素状態になっていたと考えられています。
超温暖期の無酸素状態の海底では、熱水活動によって形成・沈殿した金属の硫化物は、酸化して朽ちることがありません。その結果、大規模に海底熱水鉱床が発達し、かつ、それらが保存されていたということが、2013年に発表された研究によって明らかになっています。
地球表面の環境の変化が、海底資源の成り立ちに大きな影響を与えていたのです。
1.028 g/m3
世界で最も重い海水の密度は、1.028 g/m3
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海水の密度(重さ)は、海水の温度と塩分によって変わります。冷たいほど重く、温かいほど軽くなり、そして、しょっぱい海水ほど重くなります。
つまり、冷たく高塩分の海水が最も密度が高く、最も重い海水の密度は、1立方メートルあたり1.028 グラム(1.028 g/ m3)であることが知られています。
そのような重い海水は、地球上のどこにあるのでしょうか。
両極域が世界で最も温度が低く、大西洋の亜熱帯が最も塩分が高いというのは、以前解説したとおりです。それに加えて、大西洋の西側には、メキシコ湾流と呼ばれる暖流(太平洋の黒潮に相当)とそれに続く北大西洋海流が南から北へ流れており、亜熱帯の高塩分の海水を高緯度に運んでいます。その結果、グリーンランド沖の北大西洋で重い海水が作られます。
一方、南極の周辺には海氷(一般的には流氷という)が沢山浮いていますが、これらは実は真水が氷になったものです。つまり、海水から海氷が作られる時に余った塩分は、海水に濃集するため、ここでも重い海水が作られます。南極周辺で最も重い海水は、ロス海・ウェッデル海・アデリーランド沖で主に作られていることが知られています。
重い海水は、地球の重力に引かれて海洋深層に沈んでゆきます。そして、そのまま全世界の海洋を、ゆっくりとですが、ぐるりと一周回って循環しています。
このような北大西洋と南極を起点とする海洋の “熱塩循環” は、地球の環境変動もさることながら、海底資源の形成にも大きな役割を果たしています。
海の中で光合成が可能なのは、水深200mまで
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深い海の底が漆黒の暗闇であることは、皆さんご存知のことと思います。
太陽から飛んで来た電磁波である可視光線は、約90 %が海面で反射され、残りの約10 %のみが海中に入り、さらに海水によって吸収されてしまいます。そのため、深海底までは光が届きません。
では、海はどのくらいの深さまで明るいのでしょうか。
有人潜水調査船「しんかい6500」に乗って海底へと潜っていくと、南鳥島周辺海域のような海水の透明度が非常に高い海域で、かつ晴天の日であっても、数十 m潜っただけで辺りは薄暗くなり、水深200 mに達する頃には真っ暗です。潜航直後は目が暗さに慣れていないために余計に暗く感じるのですが、実際には水深200 mでもわずかに光が届いているそうです(観察窓から覗いても目では分かりません・・・)。
その “わずかな光” が届く限界の水深のことを補償深度といい、光合成生物(植物プランクトンなど)が光合成を行う(生存する)ことのできる最も暗い光、すなわち海面が受ける光の0.1~1%の光が届く深度として定義されています。
生物によって光合成に最低限必要な明るさが異なるので、補償深度を定義するための光量には幅があります。
生物の感光限界は、海面が受ける光の1億分の1 %程度。
また、太陽光が届く限界は水深約1,000 mで、水深200〜1,000 mの間をトワイライトゾーン(薄暗い区間)と呼びます。
補償深度より浅い海は、二酸化炭素を吸収・固定したり、生態系を育み豊かな水産資源をもたらすうえで、非常に重要な役割を果たしています。
海の深さの平均は、富士山の高さと同じくらいの3,975 m
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日本一高い山、富士山の高さが3,776 mであることは有名ですね。
実は、海底の平均的な深さは、富士山より少し高い(深い)3,975 mなのです。
富士山を間近で見上げるととても高いので、こんな山に今から登るのか!と思ってしまいます。その富士山も、もし平均的な深さの海底の上にポンと置いたとすると、すっぽりと海水に覆われてしまいます。このとき、山頂は水深約200 mですから、光はほとんど届きません。海水に覆われた富士山は、その山頂すら見えなくなって、雄大な姿を見ることはできなくなってしまうでしょう。
さて、地球全体の表面積の中で広い面積を占める高さと深さには、2つのキーナンバーがあることが知られています。
1つは、陸上の標高0〜1,000 mで全表面積の20.9 %、もう1つは、水深4,000〜5,000 mの海底で全表面積の23.2 %を占めます。
広大な海底は、富士山の高さよりもさらに1 km以上も深いなんて・・・。そう思うかも知れませんが、もし海が明るかったらどうでしょうか。
海底に立って頭上を見上げた時、キラキラ輝く水面は、意外と近くに見えるのか。それとも、あんなに遠くに!と思うのか。
そんな想像をしていたら、潜って見てみたくなりました。
世界で最も深い場所の水深は、10,920 m
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今月のキーナンバー、もはや解説する余地はほぼ無いと言えるほど有名です。
世界最高峰のエベレストより深い場所、チャレンジャー海淵(かいえん)。冒険家はもちろん、私達のような海の研究者のみならず誰もが、どんなところだろう?とワクワクすることと思います。潜りたい潜りたくないとは別次元の話しとして。
ここでは、このキーナンバーを手掛かりにして、日本が誇る海底測量のパイオニアである「拓洋」という海上保安庁の測量船と、海底を測る技術について少し掘り下げてみることにします。
海上保安庁・海洋情報部のホームページには、グアム島の南の海域にもの凄く深い場所があることが発見され、10,920 mという深さが世界最深であることが確定されるに至った経緯が詳しく解説されています。その経緯を知ると、「拓洋」の活躍ぶりがおのずとクローズアップされます。
「拓洋」の役目は、海底の地形を詳しく調べることです。
船底に「マルチビーム音響測深機」という装置が設置されており、そこから放たれる音波を使って調べます。
音波が海底で跳ね返り船に戻って来るまでの時間を測り、海水を伝わる音波の速度(音速)との掛け算によって距離(深さ)が分かる、という仕組みです。音速は、水温や塩分によって変わりますので、別の観測によって水温と塩分を調べ、それらから音速を求めます。
マルチビーム音響測深機は、音を扇形に沢山放つことによって、横幅数kmの範囲の地形を一度に計測することができます。
海底はどのくらいの深さなのか?
山々が何処にあり、それぞれどの様な勇姿で、なぜ山になったのか?
山と山の間の深海底は、どの様になっているのか?
海底の不思議を理解するための最初の一歩が、「拓洋」や多くの海洋調査船が行うマルチビーム音響測深機による地形調査なのです。
そして、マルチビーム音響測深機を使って、貴重なレアメタル資源がどのくらい海底に眠っているのかを調べるための技術開発も進められています(詳しくはこちら)。
今までに「拓洋」が見つけて「拓洋」の名前が付けられた海山は、全部で5つあります。その5番目の拓洋第5海山は、海底資源が豊富な南鳥島周辺海域の中でひときわ大きく、特徴的な形をしています。南鳥島周辺に行き慣れた筆者ですら、地球儀やGoogleマップで南鳥島の場所を探す時、先ずは拓洋第5海山を見つけて、その北東の…という感じで道しるべにします。
皆さんもGoogleマップを「衛星写真」モードにして、海底地形を眺めてみてください。
全海底のうち精密な地形図が作成されているのは、19 %
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前回の解説の最後に、「Googleマップで海底地形を眺めてみて」と書きました。皆さんご覧になったでしょうか。Googleマップに全海洋の海底地形が描かれていることを初めて知った、という方も多いのではないかと思います。
実は、Googleマップで表示されている海底地形のデータは、人工衛星が測定した地球の重力の僅かな変化を利用して得られた(推定された)ものです。正に、海底地形の衛星写真ですね。
海底に山があると、海水は山(の重力)に引き寄せられます。実際に人工衛星から海面までの距離を観測する(衛星高度計と呼ばれる)と、山の上では海面が僅かに盛り上がっていることがわかります。
ただし、重力推定や衛星高度計で得られたデータでは、精度の低い荒い地形図を描くことしかできません。そのことは、Googleマップで見つけた海山(例えば、拓洋第5海山)を拡大して見てみると良く分かります。ゴツゴツしているはずの山肌の様子は、全く見えませんね。
海底地形図の作成は、1903年にモナコ大公のアルベール1世の呼びかけにより始まりました。そして、精密な地形図を得るために、今はマルチビーム音響測深機が用いられています(詳しくは、前回の解説を参照)。
しかし、一度に測量できる幅は、広くても約10 km。さらに、地形調査の際の研究船の速度は、速くても時速22.2 kmほどです。1時間かけて調べられる範囲は、たかだか222 km2というわけです。約3億6千km2にもおよぶ広大な海洋を測量するには、途方もない時間がかかることは、すぐに想像することができます。
今回のキーナンバーである「19 %」は、地形図を作り始めてから120年以上経った現在においても、ほとんどの海底は未測量のままだということを示しているのです。
光(電磁波)を吸収してしまう海を持つ地球では、人工衛星や航空機から発する電磁波を使った効率的な測量が出来ません。「宇宙空間にある月や火星の表面よりも、地球の海底のほうが分からない事が多い」と表現されることすらあります。
現在、日本財団が、国際機関のGEBCOと協力して効率的な測量技術を開発し、2030年までに海洋全体の海底地形図を作るという計画(日本財団-GEBCO Seabed 2030)を進めています。
そして、この計画がスタートして2年10ヶ月で地図化された世界の海底地形が19%になったことが、2020年に発表されました。
宇宙より “遠い” 場所である海底の真の姿が明らかになるのが楽しみですね!
99 %
水深6,500mより浅い海底の面積は、全海洋の99 %
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光の届かない海底を「自分の目で見る」ためには、潜っていくしかありません。
日本が科学研究のために運用する有人潜水調査船「しんかい6500」は、その名のとおり水深6,500 mまで潜ることができます。しんかいを使えば、我々は海溝を除くほぼ全て(全海洋の99 %)の海底を、自分の目で見ながら調査することができるのです。
人類の本格的な深海底への挑戦のパイオニアは、スイスの物理学者オーギュスト・ピカールです。
1948年に、気球の原理を応用し、気球の熱した空気の代わりの浮力材にガソリンを用いたバチスカーフFNRS-2を完成させ、ダカール沖の1,394 mの海底への無人潜水を成功させました。
その後、1960年にはオーギュストの息子のジャック・ピカールとドン・ウォルシュが、バチスカーフ・トリエステIIを使って、世界の海で最も深いチャレンジャー海淵への有人潜航を成功させました。この時、チャレンジャー海淵では、“平らな魚” や “エビ” が目撃されたそうです。
その後1964年には、アメリカが海底での調査に特化した有人潜水調査船「アルビン」を建造しました。
アルビンが潜ることのできる最大潜航深度は、建造当初は1,800mでしたが、1973年の改造によって4,000m、その後さらに4,500mまで潜れるようになりました。水深4,000〜5,000 mの海底が、全海洋の23.2 %と最も広い面積を占めることは、以前解説したとおりです。アルビンが目指した水深の数字から、広大な海底を隈なく見て回ろうという意気込みが感じ取れます。
そして遂に1977年、アルビンはガラパゴス沖で初めて、海底熱水活動とそこに棲む特殊な生物群を発見しました。この発見は、地球科学と生命科学の革命的な進展に繋がりました。
1980年代には、日・米・仏・露の4か国が、全海洋の97%がカバーできる6,000m級潜水調査船の開発を進めました。
その中で日本は、先ずは最大潜航深度2,000 mの「しんかい2000」を建造・運用し(完成は1981年)、大深度潜航の為の技術と経験を蓄積します。そして、満を持して1989年の1月19日に「しんかい6500」は進水の日を迎えました。
しんかい6500の最大潜航深度は、海溝型巨大地震の震源域が水深6,000〜6,500 mにあることを理由として決められました。そして、1991年7月6日の調査潜航で、日本海溝の水深6,499 mの海底に初めて到達しました。
その後のしんかいによる数々の発見については、また機を改めて解説することにします。
近年は、しんかいよりも更に深い海底を目指した有人潜航に関するニュースが次々と届いています。
アルビンは、2011年から2021年までの2ステージの改造によって、6,500 mまで潜航可能に。
2012年3月26日には、アメリカのディープシー・チャレンジャー号が、『アバター』などの映画監督としても知られるジェームズ・キャメロン氏を乗せてチャレンジャー海淵に到達。
同年6月24日には、中国の有人潜水船「蛟竜」が水深7015mの潜水に成功。
さらに中国は2020年11月10日に、全水深有人潜水艇「奮闘者」号が、チャレンジャー海淵に到達。
そして2022年8月13日、アメリカのリミッティングファクター号による小笠原海溝の水深9,801 mの海底への潜航で、日本人の最深潜航記録が60年ぶりに256 m更新されました。
全海洋の海底を隈なく目で見て調査できる時代は、もうすぐそこかも知れません!
追記:
この解説を執筆中に、タイタニック号ツアーの潜水艇「タイタン」が海中で行方不明になった、というニュースが飛び込んできました。
潜水中の何らかのトラブルにより機体が圧壊したとのことです。海底を調査できるのは確かな安全があってこそ。改めて身が引き締まる思いです。
タイタン乗船者の皆様のご冥福をお祈り申し上げます。
45 m/分
有人潜水調査船「しんかい6500」が海底に向かって降りていくスピードは、45 m/分
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「しんかい6500」は、全長9.7 m、幅2.8 m、高さ4.1 mの体の中に、潜航者が乗り込む直径2 mのチタン製耐圧殻(たいあつこく)のほか、蓄電池(リチウムイオン電池)や油圧ポンプユニットなどの潜航に不可欠な機械が組み込まれています。ただし、耐圧殻と機械以外の空いたスペースは全て、中が空洞の小さなガラス球をエポキシ樹脂で固めて作られた浮力材(シンタクティックフォームと呼ばれる)がびっしりと詰め込まれています。沢山の空気を含んだ浮力材のおかげで、空中での総重量は26.7トンと “とても重い” のですが、海水の中では “決して沈まない体” なのです。
それでは、「しんかい」はどうやって海底に向かって降りていくのでしょうか?
その秘密は、「しんかい」の “お腹” にあります。
「しんかい」を吊り上げた時にしか見えない “お腹” には、バラストと呼ばれる四角い鉄板の錘を取り付けることのできるスペースが確保されています。つまり、「しんかい」は重たい錘をお腹に抱えて、地球の重力に引っ張られて海底へと沈んで行くのです。
耐圧殻には毎回3人の潜航者が乗り込みますが、3人の体重は毎回違いますので、それに応じて取り付けるバラストの重さ(実際には鉄板の枚数)を変えます。
その結果、沈んで行く時のスピードはいつも毎分45 m(45 m/分)です。
例えば、南鳥島沖のマンガンノジュール密集域がある海底の水深は約5,700 mですので、45 m/分のスピードで落下すると単純計算で片道およそ2時間ですが、そのスピードのまま海底に激突してしまっては困りますね。
そこで、海底からの高さ約100 mの水深(例えば、5,700 mの海底の場合は水深5,600 m)まで到達した時点で、お腹のバラストのおよそ半分を切り離し捨て去る(投棄する)ことによって “軽く” なり、浮きも沈みもしない状態(中性浮力という)を作ってから、垂直スラスタと呼ばれる上下方向に進むためのプロペラを電気で動かして、海底へとゆっくり近づいていきます。
例えば朝9時に潜水を始めると、約5,700 mの海底に到着するのは11時半前ごろ。ちょうど “お腹” が空く頃ですが、そうは言ってられません!
海底での調査を終えた「しんかい」は、抱えていた残りのバラストを全て投棄して、海の中での本来の自分の “軽さ” になって、行きと同じ45 m/分のスピードで浮上して海面へと帰ります。
水深200 mを過ぎる頃には、観察窓の外がぼんやり明るくなってきます。そして、17時ごろに海面に到着した「しんかい」は、波にさらされながらプカプカと浮いたまま、吊り上げてもらうのを待ちます。
さて、今日はどんなサンプルが採れたでしょうか?
深海潜水調査船支援母船「よこすか」のデッキに戻ったら、さっそく調べてみることにしましょう。
1737 回
有人潜水調査船「しんかい6500」の潜航回数は、1737回(2023年10月23日現在)
もっと知る
「しんかい6500」は、1990年6月5日の相模湾の伊東沖での初潜航を皮切りに運用がスタートしました。
それから30年以上もの間、太平洋を中心にインド洋から大西洋に至るまで様々な場所で潜航し、深海調査の最前線で活躍を続けてきました。
2023年10月23日には、1737回目の潜航を無事に終えたそうです。そしてこの先も、まだまだ潜航調査は計画されています。
「しんかい」は、これまで一度たりとも事故なく潜航を続けてきています。それは、運航チーム(6Kチームと呼ぶ)や支援母船「よこすか」の船員の皆さんの、日々の徹底したメンテナンスや安全管理の結果に他なりません。
潜航日の朝6時半に、「よこすか」の船長と「しんかい」の司令が、その時の海況と夕方までの見通しから、安全に海上での「しんかい」の投入や回収作業が行えるかを判断して、潜航を実施するかしないかが決まります。
空は快晴なのに海のうねりが高くて今日の潜航は中止!
なんてこともあり、そうなった時の悲しさたるや・・・それでも安全のためにはやむを得ません。
逆に、雨が降っていても海が穏やかであれば、中止にはなりません。
潜航実施が決まると、筆者らが主に調査をする水深5,700 mくらいに潜る場合は6時50分から、6Kチームの点検・準備作業がスタートします(水深が5,000 m以下の場合は1時間遅い)。
海中での運航中に問題が起こらないように「しんかい」の状態を確認するだけでなく、その日の調査で使用する観測機材の設置や動作確認まで、チーム総出で息つく暇もない作業が続きます。
その日潜航する6Kチームのパイロットと研究者は、調査プランの最終確認を終え、8時半頃までには「しんかい」の耐圧殻に乗り込みます。
そして、格納庫にいる「しんかい」は台座ごとデッキへと引き出され、Aフレームと呼ばれるクレーンに吊り上げられ海面に投入されます。この時、毎回一言一句同じ号令による指示のもと、同じ流れで確実に作業が進められていきます。
その間、耐圧殻の中では、パイロットがチェックリストを使って順番に計器類の起動や動作確認を行っています。作業を進めるうちに、気がつけば「しんかい」は着水。クレーンの太いロープ(ホイストと呼ぶ)をスイマーさん達に取り外してもらったら、浮くために空気が入っていたタンクの弁を開けて海水を注入し、9時頃にいよいよ潜航開始です!
調査を終えた「しんかい」は、17時頃に海面に戻ってきます。その後、「よこすか」のデッキへ回収(揚収という)するのもまた、毎回同じ手順で号令に従って、事故の無いように慎重に進められます。
無事にデッキに「しんかい」が戻ると、そこからはすぐに翌日以降の潜航への準備が始まります。
その日潜航したパイロットと6Kチームメンバー全員は、デッキ上の「しんかい」の前で潜航中に起こった不具合などを共有して、そのまま整備作業へ。時に夜遅くまで作業をしている姿を見かけることもあります。
このようにして、多くの人々の支えによって研究者は安心して海底での調査を行うことができるのです。
2 億年
現在の地球上で最も古い海底ができたのは、2億年前
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最も古い海底の年齢は、地球が誕生したのが46億年前、さらに海が誕生したのが43億年前であることを考えると、『意外に若い』と言えるでしょう。
海底が若い理由は、太陽系の他の惑星にはないプレートテクトニクスという現象が起こっているからです。
地球の表面は、プレートと呼ばれる硬い岩盤で覆われています。プレートの性質は、海の部分と陸の部分では異なっていて、海のプレート(海洋プレートという)は密度が高く重い岩石からなるのに対し、陸のプレート(大陸プレートという)は密度が低く軽い岩石からなっています。
軽い大陸プレートはマントルの上に乗っていて、イメージとしては、まるで氷山が海の上に浮いているような状態になっています(実際のマントルは固体です)。そして、浮かんだ大陸の周りを取り囲んでいる重い海洋プレートは、軽い大陸プレートの下へと潜り込んで、さらに地球の内部へと沈んで行ってしまいます。
この様なプレートテクトニクスによって、昔の海底は地球の内部に沈み込んで表面からは消えてしまうので、結果として『若い海底しかない』ということになるのです。
現在の地球上で最も大きい海洋プレートは、太平洋の下にある「太平洋プレート」です。太平洋プレートは概ね西に行くほど古くなり、多くの海底鉱物資源が眠っていることが知られている南鳥島付近から南東の赤道付近にかけての海底が、最も古い年代であることが分かっています。
その頃の地球は、ジュラ紀や白亜紀と呼ばれる多くの恐竜が大陸で暮らしていた温暖な時代でした。
そして、プレート誕生以降しばらく続いた温暖な環境や、さらにその後に訪れることになる氷期・間氷期を繰り返すような時代へと地球が変化してきた『寒冷化の歴史』は、太平洋プレートの構成物質である堆積物に刻み込まれています。
7,974 ppm
レアアースを豊富に含む深海の泥(レアアース泥)の世界最高品位は、7,974 ppm
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次世代海洋資源研究センターの加藤所長が、太平洋の広大な深海底の泥の中に、スマートフォンや電気自動車などのハイテク機器の材料として重要なレアアースと呼ばれる金属が豊富に含まれていることを発見し、2011年に論文として発表しました。
このレアアースを豊富に含む泥は「レアアース泥(でい)」とよばれ、脱炭素社会の実現の鍵となる新しい資源として注目を集めています。
2013年に行われた調査航海によって、非常にレアアースの含有量が高い(専門的に「品位が高い」という)「超高濃度レアアース泥」が、日本の南鳥島周辺の海域に存在していることが明らかになりました。
レアアース泥の発見以降、世界の深海底でレアアース泥の資源調査が行われ、インド洋などでも見つかっていますが、2023年の現在においても、南鳥島周辺は『世界で最も高い品位のレアアース泥が分布する海域』の座を譲っていません。
ところで、この “超有望視” されている南鳥島レアアース泥には、実際にどのくらいのレアアースが含まれているのでしょうか?
2018年に発表された論文の報告によると、レアアース濃度は最高で 7,974 ppm に達します。
ppm とは 100万分の1を表す単位です。つまり、1 ppmというレアアース濃度は、1 kgの泥の中に約0.001 gのレアアースが含まれていることを意味します。
南鳥島レアアース泥は、その8000倍、約8 gのレアアースが含まれている計算になります。これは、1 kgの泥の中に、8 枚の1円玉が混ざり込んでいるのと同じです。
たったそれだけ?と感じる方もいるかもしれませんが、現在陸上で採掘されているイオン吸着型とよばれるレアアース鉱床の平均濃度が約 400 ppm (出典:Kato et al., 2011) であることを考えると、南鳥島レアアース泥はその約20倍!
非常に高品位の資源が日本の海の底に眠っているということが分かります。
実際、南鳥島で最も有望とされる約 10 km 四方のエリアを開発するだけで、世界需要の数十年分のレアアースをまかなえると見積もられています。
この夢の泥を採掘して、ハイテク産業の発展のために活用する、それが次世代海洋資源研究センターの大きな目標です。
3,450 万年前
南鳥島の超高濃度レアアース泥が形成されたのは、約3,450万年前
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前回の解説で、日本の南鳥島周辺海域の深海底に、非常に品位の高いレアアースの資源が眠っていることをご紹介しました。
では、この資源はいつ頃にできたのでしょうか?
答えは、今から約3,450万年前です。
恐竜の絶滅(約6,600万年前)よりは最近ですが、人類の誕生(約500~700万年前とされる)よりははるかに古い時代です。
今から3,450万年前は、南極に氷床ができるなど、それまで暖かかった地球表層が急激に寒くなっっていった時代に当たります。
そして、海の表面が冷やされることによって、重くなった海水が深海へと沈み込み循環するという、海水の熱塩循環が強化されました。そのことが、非常に品位の高いレアアース泥を形成する引き金になったと考えられています。
大昔に起きた地球の環境変化が、今の私たちの生活に欠かせないレアアース資源の生成につながったかもしれないというのはロマンを感じますね。
詳しく知る:南鳥島沖の「超高濃度レアアース泥」は地球寒冷化で生まれた(千葉工業大学プレスリリース)
ちなみに、このような長い時間スケールの議論をするのに、百万年を表す Ma という単位が使われます。
この単位を使って表現すると、「南鳥島の超高濃度レアアース泥の形成年代は約34 Maだった」となります。
このようにMaを使うだけで、一気に身近な現象に感じるのは筆者だけでしょうか?