外部資金
第3回基盤研究 (S) 「地球環境変動・資源生成の真に革新的な統合理論の創成」 (2020年度-2024年度)
研究課題番号:20H05658
研究代表者:加藤泰浩
研究分担者:岩森光、安川和孝、藤永公一郎、町田嗣樹、大田隼一郎、野崎達生、高谷雄太郎
研究期間:2020年度-2024年度
直接経費:156,900千円
【本研究課題の概要】
地球は膨大な量の液体の水を湛えた海洋が存在することにより、太陽系の中でも特に活発にエネルギーや物質が循環しているユニークな惑星です。そして、その海洋の約70%の領域が大陸から遠く離れた「遠洋域」に属しており、CO2や栄養塩、熱エネルギー、その他様々な元素・物質の「地球表層における最大の貯蔵庫」となっています。遠洋域の海底では主として遠洋性粘土が堆積しています。この遠洋性粘土は、遠洋域の環境変動の痕跡を非常に長期に渡り保存しており、地球表層における環境・物質循環の変遷史の最も重要な記録媒体といえます。しかしながら、外見上の特徴に極めて乏しく、年代決定に一般的に用いられる有孔虫や放散虫なども産出せず、また極めてゆっくりと堆積するために古地磁気記録が不明瞭となり、年代決定が非常に難しいという大きな欠点を有しています。そのため、多くの研究者がその重要性を認識しつつも、系統的に解析する手法を確立できず、研究することを敬遠してきました。私たちは、遠洋性粘土のもつ本質的な重要性に着目してその実態解明に果敢にチャレンジし、先端産業に必須のレアアースを濃集した新たな資源「レアアース泥」を世界で初めて発見しました。そして、外見上均質な遠洋性粘土の層序を多元素の化学組成の特徴から詳細に読み解くことに成功しました。また、海水Os 同位体比と魚類の歯や鱗の微化石 (イクチオリス) の生層序を組み合わせることで、遠洋性粘土の高精度年代決定を可能としています。さらに、これらを統合して、遠洋性粘土に記録された情報の時系列変化を読み解く手法「化学層序プローブ」を世界で初めて開発しました。従来研究で手出しできなかった遠洋性粘土に、「化学層序プローブ」を用いて科学的に切り込む術を世界で初めて手に入れたのです。これにより私たちは、北西太平洋で採取された遠洋性粘土コア試料を対比し、幾つかの時代の層準が広範囲で欠落していることを見出しました。これまで変化に乏しく静穏な環境と考えられてきた遠洋域の深海底で、ダイナミックな削剥イベントが繰り返し発生していたことを初めて突き止めたのです。そして、これらの削剥イベントをもたらした強い底層流が粗粒なレアアース濃集鉱物を選択的に堆積させることで、高品位なレアアース泥が生成したこと、およびそれらが南北太平洋の広域で特定の時代に生じたことが見えてきました。さらに、遠洋性粘土には、海底熱水鉱床の生成に関連する中央海嶺の火山・熱水活動 (すなわちマントル活動) の盛衰、およびマンガン団塊・コバルトリッチクラストの生成に関連するマンガン酸化物沈殿フラックスの変動が記録されていることも明らかとなりつつあります。このように、資源を生み出す大規模な元素濃集現象は地球環境の変化と密接にリンクしており、その環境変動は様々な元素・物質の全地球スケールでの循環 (グローバル物質循環) により支配されています。したがって、広大な遠洋域に堆積する遠洋性粘土に記録されたグローバル物質循環の情報を本質的かつ包括的に理解することができれば、有望な資源の生成場を理論的に絞り込むことも自ずと可能となります。
そこで、本研究課題では、様々な海域で採取された遠洋性粘土に対して、私たちが開発した「化学層序プローブ」を適用することによって、遠洋性粘土に記録された時系列情報をグローバルスケールでマッピングし、地球規模の物質循環のダイナミクスの全容を一気に解明することを目的とします。「化学層序プローブ」により広域対比することで、削剥により「失われた遠洋性粘土層」の全海洋スケールの分布をも推定できます。これによって、地球表層における様々な元素の物質収支とそれを支配する因子・プロセスを定量的に明らかにすることで、環境変動や資源生成 (有用元素の濃集) が初めて統合的に理解可能となります。従来の海底資源探査のような「偶然に」ではなく、グローバル物質循環の包括的理解に基づき「確信的に」有望な鉱床を次々と見つけ出すことこそが、本研究課題により創造される資源工学のパラダイムシフトです。さらに、本研究課題の対象である遠洋性粘土は、気候や海洋循環などを扱う地球環境学分野と、火山やマントルを対象とする固体地球科学分野の橋渡しとなる、大気−海洋系と固体地球の最も重要なインターフェースでもあります。本研究課題は、このインターフェースの精緻な描像を初めて取得することにより、グローバル物質循環という真に俯瞰的なスコープで、気候変動から火山・マントル活動を含む地球上の諸現象を統一的に説明する理論の創成を目指します。
【本研究に関連の深い論文】
- Kato, Y. et al. “Deep-sea mud in the Pacific Ocean as a potential resource for rare-earth elements.” Nature Geoscience 4, 535-539 (2011). https://doi.org/10.1038/ngeo1185
- Takaya, Y. et al. “The tremendous potential of deep-sea mud as a source of rare-earth elements.” Scientific Reports 8, 5763 (2018). https://doi.org/10.1038/s41598-018-23948-5
- Ohta. J. et al. “Fish proliferation and rare-earth deposition by topographically induced upwelling at the late Eocene cooling event.” Scientific Reports 10, 9896 (2020). https://doi.org/10.1038/s41598-020-66835-8
- Tanaka et al. "Chemostratigraphy of deep-sea sediments in the western North Pacific Ocean: Implications for genesis of mud highly enriched in rare-earth elements and yttrium." Ore Geology Reviews119, 103392 (2020). https://doi.org/10.1016/j.oregeorev.2020.103392